10月12日(木)曇り
昼からコレクティボでオアハカへ行く。コレクティボとは、乗り合いのタクシーで、村のお店の前に常に1,2台止まっている。どれもエトラ経由オアハカ行きらしい。とうことで、例によって歩いて30分かけて村まで行く。止まっているタクシーの後部座席に乗り込んで、待つこと10分、若い女性が一人、「ブエノスタルデス!」と言って後ろに乗ってくる。さらに、待つこと5分、男性が一人やってきて助手席に乗り、タクシーが発車した。
「なるほど、こうしてみんなで乗っていくのか。後ろに3人、前に1人、4人で満席ってことね」と思っていると、タクシーは途中で止まった。見ると、路肩に手を上げているおばあさんがいた。
「なんだろう?」
タクシーの運転手は車を降りてトランクを開け、おばあさんの荷物を入れている。
「ああ、おばあさんの荷物をどこかへ運んであげるのかな?」と思っていると、なんと、おばあさんは、「ブエノス・タルデス!」と陽気に言って、前の席に乗ってきたのだった。では、助手席に座っていた男性は?というと、彼は運転席と助手席の真ん中にちょこんと座っているのである。これには、驚いた。よく見ると、運転席と助手席の間には、一人辛うじて座れるようにクッションが敷いてあるのだった。
タクシーは、ぎゅうぎゅう詰めでオアハカへ向かった。前に3人座っているので、前方はほとんど見えない。タクシーは10分ほど走ってハイウェイへ出ると、ラジオをつけて陽気なメキシカンミュージックをがんがん流し、猛スピードで走り出した。フロントミラーには、マリア像のロザリオがぶら下がり、ぶんぶん、揺れている。
「そうか。こうしてみんな、ぎゅうぎゅう詰めになって移動するのか」
よく見ると、すれ違うバスも、みんなぎゅうぎゅう詰めだった。運転席と助手席の間にもう一人座るなんて、日本ではとても考えられないけれど、メキシコではそれが当たり前なんだ。そう思うと、なんだか、楽しくなってきた。
ハイウェイを30分から40分ほど走り、2時ごろ、オアハカに着いた。タクシーは、大きなマーケットのある賑やかな街角を右へ折れていく。すると、そこは両側に何十台も同じコレクティボが並んでいて、「エトラ」「サン・ホアン・デル・エスタド」など行き先の書いた看板がずらりと並び、渋滞した車の間をたくさんの人が行き交っていた。
「ここが、ターミナルなんだね。帰りはここから乗ればいいんだ」
確認してコレクティボを降り、ゾカロへ向かった。ゾカロへ向かう通りには、電気屋、楽器屋、金物屋、薬局、銀行、インターネットカフェなどが並んでいた。ちょうど、シティバンクのカードでお金が下ろせる銀行があったので、そこでお金をおろした。
ゾカロはあいかわらず、デモをしている人たちがテントを張って、座り込みをしていた。警察が介入した様子はなく、学園祭のような楽しげな雰囲気は変わっていなかった。広場に面したレストラン「Terranova」でランチを食べた。野菜スープ、エンチラーダ、メキシカンライス、桃のデザート、コーヒーで50ペソ(500円)。久しぶりの外食は、とても美味しかった。
コレクティボのターミナルへ戻る途中、インターネットカフェに寄って、メールのチェックをしたり、撮影した写真を30枚ぐらいブログにアップした。あっという間に6時になってしまい、急いでマーケットへ向かう。日が落ちたら、村の停留所から先、家まで3キロぐらいの道のりは街灯がないので、真っ暗になってしまう。急いで、スーパーでコーヒー、紅茶、缶詰、牛乳など保存できるものを買い込み、コレクティボに乗った。
ハイウエイを走っていくうちに日が沈み、村についたときには、もうあたりは薄暗かった。家に着くまでなんとか明るいままでいてくれるといいけれど・・・と思ったけれども、10分も歩くと真っ暗になった。上り坂になると、スーパーで買ってきた牛乳や缶詰を入れたリュックが、ずっしりと肩に食い込んでくる。息を切らしながら歩いていると、陽気な音楽をかけたトラックが後ろからやってきた。振り向くと、クリスマスの飾りのように色とりどりのランプをちりばめたトラックが坂を上ってくるところだった。
「ハッピートラックだ」思わず叫んだ。
すると、トラックは私たちを通り過ぎて止まった。
「乗ってく?」英語で運転手の男性が声をかけてくれた。
「イエス!」
運転席から降りてきた男性は、20代ぐらいだった。トラックの荷台はアルミのコンテナのようになっていて、後ろのドアは観音開きだ。彼はドアを開け、「乗って」というような仕草をした。まず、ポールが乗り、私も続いた。中は薄暗く、コンテナだと思ったけれども、屋根はなく、木の板を格子状に渡してあるだけで、なんと中には男の子がひとり寝転がっていた。
「オラ!」挨拶をして、中に座ると、運転手の男性はドアを閉めた。
ドアが閉まり、車が発車した。天井の格子の間から、車をかすめていく木の葉が見える。
「彼、どこで降ろしたいいか、わかってくれたかな」とポールが心配そうに言う。
「リオって言ってたから、大丈夫だよ。リオって川のことでしょ?」
「うん」
「川を渡る手前に分かれ道があるでしょ?きっと、このトラックは左側の道を登って山を越えていくんだと思う。右側の道は小川を越えて、私たちの家の前で行き止まりだもん」
そうは言ったものの、なんだか不安になってきた。本当に彼はわかってくれただろうか?
「カーブを曲がってる。きっと、貯水池のところだね」
「うん、坂を上がりきったら止まるはず」
ところが、トラックはなかなか止まらない。
「どうする?止まらないよ」
「運転手に話しかけられないしなあ」
コンテナは完全にアルミの箱になっていて、声をかけられる隙間などない。
「止まれ!止まれ!ここだ、止まれ!」
ポールが、念じ始めた。
すると、トラックは止まり、運転手が車を降りて、扉を開けてくれたのだった。
「よかった」 ほっとして車を降りる。そこから右へ折れて小川を渡れば、もう200メートルで我が家だった。
「ここで、いい? もっと先まで行く?」
「いやいや、ここで、OK、OK!ありがとう!」
お礼を言うと、ハッピートラックは、色とりどりの明かりをチカチカ点滅させ、陽気な音楽をかけながら、山を越えていったのだった。
「助かったね」
「ありがたいね。ほんと、メキシコの人はいい人だ」
私たちは再び荷物を担ぎ、真っ暗闇な道を歩き始めた。
「道の両側は岩がゴロゴロしてるから、真ん中を歩いて」とポールが先を歩きながら言う。
時々、小さな懐中電灯で前を照らしながら、彼の後ろを歩いていくと、
「明かりを消して!」とポールが叫んだ。
慌てて懐中電灯を消す。すると、目の前にふわりと小さな光の玉が現れた。小さな玉は緑がかった白い光を放ち、私の前や後ろや右や左をふわりふわりと踊るように飛んでいる。ふと、前を見ると、なんと私たちの行く先、ずっとどこまでも、幻想的な光の玉がふわりふわりと道の両側を飛び、足元を照らしてくれているのだった。
「うわー!蛍」
「道を照らしてくれてるよ」
道の両脇に何匹、飛んでいただろう。足元を見ながらゆっくり歩いていくと、何匹か、ずっと私の隣を飛んで、足元を照らしてくれていたのだった。
「ありがとう!ありがとう!」
手を伸ばせば届きそうなくらい近くに蛍が飛んでいる。
「ねえ、なんだか、妖精たちが光のランプを持って、私たちの道案内をしてくれているみたいだね」と言うと、
「うん。きっと、彼らは妖精なんだよ」とポールが言った。