エッセイスト菊池木乃実のブログです。環境活動家の夫、ポール・コールマンと共に南米チリのパタゴニア地方に在住。ホリスティックで持続可能なライフスタイル実践中


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タグ:木を植える ( 25 ) タグの人気記事

南アフリカ植林ツアーが、大爆発的なエネルギーとともに、大成功に終わって、チリに戻ってきました。

いやー、中身の濃い毎日でした。

10日間だったけど、あっという間だったような、何週間もみんなと一緒にいたような、不思議な時間と空間の中で、過ごした毎日は一言で言うと「愛」だった。

「愛」という言葉は、本の少し前まで言うのが恥ずかしかったし、愛の意味もよくわかっていなかったし、身体でこれだ!って体験して、自分から発したことがなかったんです。
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でも、今回のツアーでは、「愛」というもの。そのエネルギー、その波長をとても強く感じました。

「愛」を感じたのは、参加してくれた80名の日本人のみなさんと、てんつくマン、FUNKISTのみんな,ワンフェスのスタッフ、FTFAのジュネスさんやスタッフのみんな、ポールと私とみんなでいるその空間(場)が「愛」そのものだったから。

ツアー自体は平均睡眠3時間で、毎日、いろんなハプニングや変更があって、ヘロヘロだったんだけど、それでも、ものすごく幸せで、元気だったのは、みんなと一緒にいると、ほんわかとあったかい、とっても細かい泡風呂の中にいるような気持ちよさがあったから。

あれー、これが愛なのかな?って身体で愛のエネルギーを感じたのは初めてだった。

訪問した学校の先生たち、子供達、おうちに木を植えに行った家族のみんなも、愛に溢れている人たちだった。遠くから木を植えに来てくれて、ありがとうって、涙を流して喜んでくれたお母さんたちがいた。満面の笑顔で喜んでくれた子供たちがいた。靴も買えないくらい貧しいのに、子供たちの笑顔は太陽より輝いていた。

お金はないけど、感謝と喜びと愛がたくさん溢れていた。

毎日、起こった小さな奇跡の数々は、宝物みたいだった。

何が起こっても、正直に誠実にまっすぐに思いを発信すれば、それはポジティブな形になって返ってくるとわかった旅。

夢を持てば、それを叶えようとたくさんの人が助けてくれるとわかった旅。

ありえないことが起こるとわかった旅。

そして、私たちがエゴを無くし、無償の愛から決断し、行動すれば「すべての最高の善のために」起こるとわかった旅。

もう「次の地球」は始まっている。私たちはその中にいる、とはっきり分かった旅でした。

ツアー中に起こった数々の出来事は、また時間があったら書きたいと思うけれども、今は、南アフリカツアーでみんなからもらった、愛という高い波動をそのまま、たくさんの人に伝えたいという気持ちでいっぱい。

みんなに、この新しい世界。新しい地球を生きて、体験してほしいという気持ちでいっぱい。
新しい地球と言うのは、シェアして、喜んで、分かち合って、助け合って、思いあって、見守りあって、愛し合って、私たちがするすべての選択が自然に「すべての最高の善」のために起こるという世界です。そして、その喜びが、ものすごく大きなパワーになって、私たち一人ひとりに返って来る。あまりにも嬉しくて、またそれをたくさんの人とシェアしたくなる。

お金がないなら、奪おうという世界ではなく。
お金がないなら、分け合おうという世界。

食べものがないなら、奪おうという世界ではなく。
食べものがないなら、一緒に作って一緒に食べようという世界。

ポールが20年前から言っている「奪い合いの世界から与え合う世界へ」という夢が現実になり始めたと実感したツアー。

チリに戻ってきて、友達の感謝祭のパーティーに呼ばれたら、「ペルーのギネスに挑戦!1分間で2万本植林」のイベントを世界中に知らせたいから、一緒にサイトを作ろう!と言ってくれた人が現れて、プロのプログラマー夫婦が無料で新しいサイトを立ち上げてくれるって。

今日の午後は、これからそのミーティング。

「僕らの人生で、こんなに情熱がほとばしり出ることが何度ある?滅多にないだろ!これは、すごい出会いだ!」とプログラマーの旦那さんが奥さんに言っていた。

そう、情熱!これが、新しい世界を作る大切な材料。

今、情熱がほとばしるものは何?

それが地図のない人生の道を歩く大切な道しるべになる!!!ね?
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by lifewithmc | 2010-11-28 03:27 | 南アフリカ
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南アフリカのヨハネスブルグに着いたのは、7月2日の早朝でした。

飛行機から見える夜明けの色が、今まで見たことのない、オレンジと赤と黄色とピンクが混ざった、なんとも言えず美しい色でした。

初めて見るアフリカの空。ポールが言っていた通り、空が大きい!
そして、丸い!!

よく見ていると、空が丸くドーム状になっているように感じるんです。地平線に近づくにつれて空がどんどん低くなっていって、地球の端にいるという感覚です。

ヨハネスブルグの日曜市では、ズル族の若者と一緒に踊りました。
今、冬なので朝晩は、零下まで下がることも!日中は10度なんてこともあります。
彼らも踊る前はみんなジャケットを着ていました。(写真上)

帰りにB&Bへ戻ろうと歩いていると、角を曲がったところで、頭の上にチェーンソーを載せている黒人女性に遭遇!バランスよくチェーンソーを頭の上に載せて歩いているのに感心しました。

ヨハネスブルグはものすごく洗練された都会です。レストランやショッピングセンターなどは、世界各国の料理があるし、安全だし、ヨーロッパかどこかの都市にいるみたい。

植民地時代にオランダ人やイギリス人がまず最初にしたことは木を植えることだったそうで、裕福な地域には街路樹がいたるところにあるし、家と家の間、家の庭、オフィスの周りなど、とにかく、緑がいっぱいあってびっくり!

これは、日本や他の都市でもまねできる素晴らしい都市緑化のお手本だなと思います。(写真下)
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一方、貧しい黒人の人たちが住んでいるタウンシップはほこりっぽくて、赤茶けた印象。ジュネスさんが言っていた通り、まだまだ、緑が足りないのです。(写真下)

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8月29日~9月8日の南アフリカ植林ツアーでは、ジュネスさんやポールさん、てんつくマンと一緒に日本から来た皆さんとタウンシップに木を植え、緑を増やします。今回はFUNKISTも参加。緑を増やし、笑顔を増やしながら、南アフリカの伝統的な音楽や踊りを楽しみ、野生動物にも会いに行きます。

5月24日締め切りです。残り17名!!
早めにお申し込みください。
http://www.wonderful-world-syokurin.org/wecan/?p=3505
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by lifewithmc | 2009-07-21 03:11 | 地球2009
今、私たちは、韓国にいます。

ポールの自叙伝が韓国語で出版されたので、それのプロモーションと講演会&植樹をしようとやってきたのが、8月6日。それから、あっという間に1ヶ月経ってしまいました。

韓国では、忙しい毎日でした。ソウルで記者会見をしたり、雑誌や新聞のインタビューを連日受け、新聞では、中国の環境汚染は想像を絶する。イギリス人、環境運動家のポール・コールマン氏が語ると、大きなニュースが出ました。

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韓国で出版されたポールの自叙伝(グルムコ出版)


ソウルの後は、有機農業村で有名な洪城郡洪東(ホンドン)村に滞在し、市長さんや村長さんと木を植えたり、(ここの市長さんは、100万本の木を植えると公約して当選し、すでに50万本、木を植えました。そして、村長さんは村に1000本の桜を植えました)、小学校、中学校、普通高校、農業高校、農業専門学校の5つの学校で講演し、生徒さんたちと木を植えました。

今日は、その洪東(ホンドン)村にある、めちゃめちゃ感動した有機農業村のことを書きます。

その村は、文堂里(ムンダンリ)にある「洪城環境農業村」です。環境農業村の顧問をしている朱(ジュウ)さんが、ぜひにとご招待してくれたので、ポールと見学に行きました。

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ピースフルな文堂里


文堂里には、年間2万人の人々が世界各国から見学に来るそうで、立派な教育センターや食堂、宿泊施設などもありました。全て村の人たちの共同出資で作られていて、有機米の精米工場、加工工場、それを販売する生協まで、全て村の人たちの共同経営で利益も平等に配られています。

文堂里の有機農業の特徴は、合鴨農法。現在は、10万羽の鴨がいるそうです。

合鴨農法がいいとは知っていても、どうしてなのか、知らなかったので、通訳として一緒に行ってくださったプルム農業技術専門高校の元校長先生、洪(ホン)先生に聞いてみました。

すると、面白いことがわかりました。

まず、鴨は田んぼの雑草を食べてくれる、そして、その糞が栄養になる。
ふむふむ、そこまでは、聞いたことがありました。

次は、鴨が水かきを使って泳ぐので、土がかき回されて、土の中に酸素がたくさん含まれるようになる。
なるほど。

「でもね、7つある合鴨農法の効用の中で、最も大切なのは、これ」と洪(ホン)先生。

「鴨が田んぼを泳ぐと、鴨の柔らかい羽が稲に触るでしょう?そうすると、稲は羽でマッサージされたようになる。鴨にマッサージされた稲は、マッサージされない稲に比べて、背が高く、実が大きく重く育つようになるということが実験でわかったんですよ」

ほお~!なるほど。稲もそーっとマッサージされると気持ちよくなって、愛情を感じて、大きく育つのでしょうね。クラシック音楽を聞かせるとニンジンが大きくなるとか、愛情を持って話しかけると、野菜の味が濃くなるとか、聞いたことがありますが、稲も野菜も、生命あるものですから、こういうことは、本当にあるのだと思います。

また、合鴨農法の良いところは、土が健康になるので、害虫の被害を受けにくくなるということもあるそうです。

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健康で力強い印象の稲たち


文堂里では、土を健康にするために、微生物と米ぬかを混ぜたペレットを田んぼに撒いているそうですが、(プルム専門学校には微生物を研究している先生もいます)、そのほかに肥料は村から出る野菜くず、食べ残しなどをまず家畜(オーガニックの牛や豚、鶏)に与え、家畜の糞を堆肥として稲に与えるんだそうです。

そうすると、土が健康になり、免疫が上がって、たとえ害虫が発生しても病気にかかりにくくなるのだとか。もし、害虫の被害が発生しても、一斉に広まることは鳴く、一部の稲だけで被害が済むのだそうです。

なるほど、人間と同じで、免疫を上げると病気にかかりにくくなるのと同じなのですね。そうすると、稲は病気にならないので、農薬も全く必要ないし、雑草は鴨くんたちが食べてくれるので、除草剤などもいらないということなんですね。

それと、もう一つ、とても印象に残ったことがありました。

それは、村の生活廃水の浄化システムです。

人が住んでいれば、トイレの排水、洗濯した洗剤の水、お風呂の水、台所からの水など、排水が出ますよね。

その排水が田んぼや畑に影響を与えないように、まず、洗剤、シャンプー、石鹸などは、微生物とお米から作った油とお酢を混ぜて作ったものを、みなで使っているそうです。これは、グリーンコープにも売っていました。石鹸は手作りで、村のお母さん、奥さんたちが作っています。

そして、排水は、すべて、村の中心にある池に流されます。この池は、たしか10個ぐらいあったと思います。田んぼだったところを利用して、自然に最初の池から最後の池まで水が流れるようになっています。

まず、最初の排水を流す池には、浄化作用のある植物が植えられており、少し低くなった次の池には、また別の植物が植えられています。そして、次の池には、また違う種類の植物が・・・

こうして、最初の池から最後の池まで、様々な種類の植物が植えられた池を排水が通って、自然に浄化されていくのです。これには、本当に感動しました。

まず、トイレの排水が直接流れてくる池は、全く匂いがしないのです。見た目は、大きな植物が元気に育っている植物園のように見えます。2つ目の池には、蓮の花が咲いていました。そして、次の池には、タニシがたくさん。最後の池は、透明な水の中に魚が育っていました。

最後の池で完全に浄化された水は、田んぼに流れていくのです。生活廃水の浄水場が、こんなに美しい庭園になるなんて、本当に素晴らしいと思います。世界中に広まってほしいシステムです。

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匂いがまったくしない浄水池に感動。
水は栄養たっぷりなので蓮もよく育ってます


村では、900ヘクタールの有機米の田んぼがあって、お米の他には120種類の有機野菜を育てているそうです。それを毎日、2台のトラックに積んで、ソウルなどの大都市にいる生協会員のお宅に配送しているのだそう。これからは、都市へ配達するだけでなく、都市からたくさんの人に買いに来てもらえるように、直売所も作るそうです。

文堂里の村は、本当に、土地が健康で元気があるなあという印象でした。そこで働いている人も、とても満ち足りていて、幸せそうな人ばかり。

農薬や除草剤や化学薬品がない健康な土地。健康な水。健康な食べ物。そして、そこに暮らす人々は、心も身体も魂も、健康で満ち足りた人々ばかりなのでした。

そうそう、洪東(ホンドン)村にあるグリーンコープと本屋さんには、店員さんがいません。みな、好きなものを買ってリストに名前を金額を記入し、お店に置いてある箱やカゴにお金を入れていくシステムなのです。

「正直さ」と「お互いの信頼」と「公平に分け合う」ということに基づいて運営されているコミュニティー。

有機農業という形で循環型・自給型の村づくりを実践している文堂里は、まさに、これからの地球に必要なヴィジョンを実現しているコミュニティーなのでした。
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by lifewithmc | 2008-09-12 23:08 | 韓国の旅

ブログ再開します

中国を歩く旅も終わり、こちらのブログも再開することにしました。

ゴールは8月8日の北京で迎えるはずだったのだけど、それが、予期せぬビザ問題が発生し、北京の140キロ手前で突然、終わりを迎えることに。。。

残念だったし、できれば、北京まで歩きたかったけど、残り4日で140キロ、毎日35キロずつを猛暑の中歩くのは非現実的。

「僕らがしてるのは、レースじゃない。北京に着くのが目的じゃない。これまで、歩いてきて、たくさんの人に会って、環境保護のメッセージを伝えて、木を植えることができたことが目的なんだ。僕らが見たこと、聞いたこと、すべてが大切なんだ」というポールの言葉に、全員、納得し、天津で終了とすることにしたのでした。

いつでも、まっすぐに一本筋が通っていて潔いなあ、ポール・・・と、尊敬。

このことは、「環境保護活動をしていたことがオリンピックの妨げになると当局に判断されたのではないか?」と騒がれ、香港、日本、イギリスの新聞などにもニュースとして、取り上げたれたりもして、ちょっとセンセーショナルだった。

でも、ビザが出なくて、オリンピック前に中国を出てくださいよ、と事実上、言われたにも関わらず、中国を出る前日に、国営ラジオ局に呼ばれて、「グリーン・オリンピック・ウォークどうでしたか?」などど、ポールがインタビューされたりしたので、環境保護活動そのものが原因で、ビザが下りなかったわけでもないのかな・・・と思ったり。

最後のビザを延長しにいった天津の警察も、実に不可思議だった。
警察官の人たちが、「新聞記事、見ましたよ。あなたたちのしていることは、素晴らしい!」と拍手をしてくれたと思ったら、ビザの料金が通常の2倍の320元になっていて、「どういしてですか?」と聞いたら、しばらく奥へ引っ込んで、なかなか出てこなかった。で、出てきたと思ったら、「あ、まちがいでした。160元」と言い、ビザを出してくれたんだけど、外へ出てから、パスポートを確認してみたら、8月6日までしか出ていなかった。

警察に戻りたくても、金曜日の午後4時過ぎ。警察はもう閉まっていたし、申請したときに、「8日に北京に歩いてゴールするから、14日ぐらいまでビザが取れるのなら、お願いしたい」と言ってお願いしていたのだから、全くわけがわからなかった。

ともかく、最後の3週間は、歩いていると警察に何度も止められ、オリンピックだからという理由でパスポートを見せてくださいと言われたり、ポールは、一度切れたビザが「オリンピックで担当者がいない」という理由で延長してもらえず、ビザなしで3日間もホテルに滞在しなければいけなくなったり、山東省の北部から河北省にかけては、とにかく、信じられないくらい公害がひどくて、1時間歩いただけで、頭痛がしてしまうほどだったし、(化学工場からの有毒な排気、強烈な農薬散布、真っ黒なコールタールを流したような川が何キロも続いて、汚臭を放っているなど)自分たちの健康状態も心配なくたいだったから、最後に天津で突然、ストップ!になったときも、ものすごく残念な反面、「あ、これでもう、歩かなくてもいいんだ」というほっとした気持ちだったことも事実だった。

中国に半年住んでいるローレンが、一緒に歩いたときに、「中国は、1日いたら1冊本が書ける、1週間いたら、数本、原稿が書ける。でも、1年いたら、混沌としすぎていて何も書けない」と言っていたけど、本当に、何がなんだか、よくわけがわからないチャイナ。

人は明るく、親切だけれども、環境のことは、全然、何も知らされていない。
彼らも、自らを危険にさらして生きていることを知らない。
農薬をまいているのに、誰もマスクをしていない。
汚臭を放つ川で魚を釣って、食べている人がいる。

もちろん、自然が残っているところもあった。
でも、透明な川を見たのは、330日のうち2日だけ。

こんな状態で暮らしていたら、きっと、そのうちみんな、得体の知れない病気になるのではないかしら。

そんな人を見ていると、時々、自分が未来からやってきたエイリアンになったような気がした。
「こんなことをしていたら、将来、身体を壊しますよ」
「このままだったら、地球はとことん汚れて、資源も尽きて、人間は生きられなくなっちゃいますよ」

そうやって、未来から警鐘を鳴らしているような。

でも、そんな未来からの警鐘は、ほとんど無視されちゃうんだよね。
映画とか、物語では。
そして、気がついたときには、すでに崩壊は始まっている。

そんな中で、立ち上がるヒーローがいる。
映画だと、ヒーローが世界を救う。

じゃあ、今の世の中、誰がヒーローなの?
誰がリーダーなの?

ポールがそれにこう答えた。

僕ら、一人一人が、リーダーだ。
僕ら、一人一人が、ヒーローだ。

僕ら、一人一人が、変えて行くんだって。

そうだ。そうだよ。
そのために、私たちは、3140キロ、自分の足で歩いたんだった。

また、新しい物語が始まるね。
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by lifewithmc | 2008-08-12 00:15 | 中国・徒歩の旅

旅の様子はYahooブログで

私たちの中国徒歩の旅も8ヶ月が過ぎ、北京まであと1000キロぐらいのところまで来ました。順調に行く先々で木を植えることもでき、南京でも南京大虐殺の犠牲者が埋められているという場所で木を植えることができました。

そして、昨日、私たちは、4ヶ月ぶりに香港に来ました。

ポールが、「Shining World Protection Award」という賞を受賞したので、その授賞式のために戻って来たのです。由緒ある英国の機関、Royal Geographic Societyの香港支部でも、講演をすることになりました。

香港にいる間は、またまた、忙しくなりそうです。

さて、中国ではネットの速度が遅いので、しばらくは、このブログの更新はお休みします。

Yahooのオフィシャル・ブログには、頻繁に更新していますので、私たちの中国の旅の日記は、Yahoo オフィシャルブログで見てくださいね。
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by lifewithmc | 2008-06-06 17:07 | 中国・徒歩の旅

奇跡は育つ

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この2週間、私たちは香港へ行っていました。ビザが切れたので、もう一度、取得するために香港のランタオ島へ戻っていたのです。ランタオ島は、私たちが9月に初めて香港を訪れた時に滞在したところ。9月21日の世界平和の日に小学生たちとジャングルに木を植えたところでもあります。

ジャングルで木を植えました 動画
http://jp.youtube.com/watch?v=ssmUCWASQ1w

ランタオ島のムイオウという町に、友達もたくさんできたので、そこに滞在することにしました。

香港では、ビザの申請をするほかは、何も予定はありませんでした。ところが、一週間、ゆっくり休んで、リラックスし、滞在予定も残り1週間となったので、さて、ビザを申請に行こうかと思い始めたころ、いろいろなことが動き始めました。

まず、月曜日、環境保護活動とビジネスをリンクする仕事をしているメリンさんの家に行き、写真やビデオを交えて中国での旅の話をしました。

すると、火曜日、ビザの申請へ言った日に、メリンさんと香港ヒューマニスト協会のトニーさん、ラマ島で環境とスピリチュアルに関するサイトを運営しているピーターさんの3人が中心になって、講演会を2つ企画してくれることに。その週の土曜日には、もう中国へ戻るので、木曜日の夜にランタオ島で一つ、金曜日の夜に香港島のセントラルで一つということになり、メリンさん、トニーさん、ピーターさんが知り合いにメールで案内を出してくれることになりました。

水曜日、ランタオ・グリーン・アソシエーションのクライブさんとランチを食べながら旅の報告をし、午後、メリンさんと講演会の打ち合わせをしている時に、香港のラジオ局からメリンさんの携帯に連絡が入りました。「ポール!昨日、ラジオ局にメールを送っておいたんだけど、今、ディレクターから電話があって、明日、インタビューしたいそうだよ!」ブラボー!

木曜日、ポールは、お昼にラジオという番組の生放送インタビューに主演、2つの講演会のお知らせをラジオですることができました。その日の夜、ランタオ島でのスピーチには15人ほどの人が集まってくれました。とても、アットホームなトークの後、熱心に聴いてくれていた女性がこう言いました。「ポール、地球のためにありがとう。私たちは、どうやってあなたのミッションを助けてあげればいいですか?」ポールは、こう答えました。「まず、私たちのメッセージをできるだけたくさんの人に広めてください。どんな方法でも、あなたができる方法で」すると、ホームページをスペイン語に訳してくれると申し出てくれるという女性がおり、また、たくさんの人が寄付をしてくれました。最後に質問をしてくれた女性は、こう言いました。「私の名前はキンジーと言います。私は、香港で16年、PR関係の仕事をしていて、メディアの人たちを知っているのでヘルプできると思うの。明日の朝、朝食をご馳走したいので、カフェで会いませんか?」

金曜日、キンジーさんとフェリー乗り場の近くにあるカフェで朝食を食べていると、キンジーさんの携帯が鳴り、電話の後、彼女が興奮してこう言いました。「私、昨日の夜、家に帰ってから、手当たり次第、私の持っているメディアリストの人たちに連絡したの。そしたら、今日の夜のスピーチに、明報の記者が来てくれるって!!明報というのは、香港で最大の広東語の新聞なのよ」ブラボー!!

その日の夜、香港島でのスピーチは、有機野菜を使ったベジタリアン料理で有名なライフカフェで行われました。スピーチには、50人ほど来ていただいたでしょうか。レストランの席は満員になり、立って話を聞く人もあり、ポールが旅を始めた経緯からアフリカで象に追いかけられた話までバラエティーに富むトーク。終わりに、ある女性がこう言いました。「ポール、私は北京オリンピック委員会の委員です。ぜひ、連絡取り合いましょう」

興奮冷めやらぬまま、私たちはビザを取りに旅行代理店へ行き、ライフカフェのオーナーのボブシーさんがディナーをご馳走してくれるというので、カフェに戻りました。すると、思いがけない伝言を受け取りました。「ポール、さっきの女性、北京オリンピック委員会で文化事業ディレクターをしているので、明日、朝食を一緒にどうですかと携帯番号を残して行ったよ」

土曜日、香港を発つ日の朝、私たちはランタオ島のレストランで、北京オリンピック委員会の文化事業ディレクター、フューシャス教授と朝ごはんを食べながら、これからのサポートの可能性について、話をしていました。フューシャス教授は、ホリスティック医学のドクターであり、北京オリンピックの文化イベントの企画から運営、人選まで全てを任されている文化事業ディレクターでもあったのです。フューシャス教授をスピーチに誘ったのは、私たちの友達、ヴォニーでした。ヴォニーはフューシャス教授と長年の知り合いで、フューシャスが北京オリンピックとつながりがあるとは夢にも思わずに、「ちょうど、香港にいるんだから、ポールのスピーチに来たら?」と彼女を誘ってくれたのでした。

フューシャス教授とのミーティングの後、今度はトニーから連絡がありました。「9月に木を植えたときのドキュメンタリーが出来上がったから、試写に行こう」と。そうでした。9月にランタオ島で木を植えたとき、地元でドキュメンタリー映画を作っているファン姉妹が撮影に来てくれていたのでした。その時の映像がちょうど編集を終えたところなので、見に行こうということになったのです。

2時間後、私たちはファン姉妹の家の試写室で、できたてのほやほやの映画を見ていました。ドキュメンタリーは、ジャングルのような森に驚くファン姉妹の映像で始まりました。「香港にもこんなところがあったんだね~。驚いた~!」そして、植樹に集まってくれた地元の人たち、子供たち、木を提供してくれた人たち、そして、木を植えたポール。なんとも心温まるイベントの後、最後は、彼女達が住んでいる家の近くにある、たくさんの大きな木の映像で終わりました。

ところで、タイトルは何ていうの?とトニーが聞くと、「Miracle Grows!」と、ファン姉妹の妹が言いました。「ドキュメンタリーのタイトルを何にしようかと考えていたら、ある日の朝、ピンと来たの」 Miracle Grows !! 奇跡は育つ!!

その日の朝の新聞(明報)には、「人物」の一面に、1ページ、フルサイズで地球に木を植えるポールの記事が載りました。

たくさんの友人、たくさんの愛に溢れる人たち。彼らに別れを告げるのを少し悲しく思いながら、飛行機は香港を発ち、間もなく、武夷山空港に到着しました。すると、同じ飛行機に乗っていた中国人のカップルが、新聞を持って、私たちに近づいてきました。「ポールさんですよね?私たちの地球のために、ありがとうございます。とても感謝しています。よろしかったら、サインをもらえますか?」

私たちの中国の旅の後半は、こうして、とても嬉しい出来事と共にスタートしたのでした。
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by lifewithmc | 2008-02-18 18:52 | 中国・徒歩の旅
アースウォーカー、ポール・コールマンが地球のために歩き始めたのは、1990年のこと。

しかし、お金は1か月分しかなく、歩くのは好きではなく、最初は不安で一杯だった!

今では18年間も歩いているポールですが、歩き始めた頃の気持ちが綴られています。

2006年に中国を歩いていた時の映像から作ったビデオです。
http://jp.youtube.com/watch?v=Oaqbh48FPhE

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by lifewithmc | 2008-02-17 22:00 | 中国・徒歩の旅
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「地球に愛を与えれば、地球はその何万倍も返してくれる」

「地球を愛し、守ることは、私たち自身を愛し、守ること」

18年間地球を歩き続けてきたアースウォーカー、ポール・コールマンが感じる地球と私たちのつながりとは?

「地球を愛する100人として」

2005年の愛・地球博で「地球を愛する100人」に選ばれたポールからのメッセージ。EXPO会場で放映されました。
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by lifewithmc | 2008-02-14 23:14 | スピリチュアル
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「私たちの人生は、かけがえのない贈り物」

「与えれば、与えるほど、私たちは受け取るようになる」

ポールからの最新メッセージ・ビデオの日本語版ができました

「4万5000キロ 地球のために」

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by lifewithmc | 2008-02-11 00:59 | 中国・徒歩の旅
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建陽(ジャンヤン)市を出発した次の日、職業技術学院の英語課の1年生、アンジェラが1日だけ徒歩に参加してくれました。アンジェラは、その日、私たちが向かっていた町の出身で、ちょうど、その日、旧正月のために実家に帰ることになっていたのです。そこで、町まで16キロの道のりを一緒に歩きました。

アンジェラは、私たちが歩く速度が速いのに驚いていましたが、なんとか、4時間の道のりを楽しく歩いて、町に到着。その町にはホテルがないことがわかったので、次の町まであと8キロ歩くことにして、アンジェラと別れました。

私たちは、夜7時頃、次の町に到着し、ホテルを見つけ、夕飯を食べて、就寝。アンジェラからは、「とても楽しかった、ありがとう。でも、とても疲れたので、もうベッドに入っています。武夷山まで気をつけて行って下さい」というメッセージが携帯に入りました。

アンジェラの故郷は、少し前までは川から水が飲めたそうです。でも、今では上流に養鶏場ができて、水が飲めなくなってしまったと言っていました。自然の中で育った彼女だから、私たちのことを応援してくれる気持ちになったのでしょう。とても、心温まる出会いでした。

翌日、いよいよ、私たちは武夷山を目指して歩きました。武夷山は世界文化・自然遺産に指定されている場所。私たちも香港を出発した時から楽しみにしていましたし、リチャード、ジョイ、デビッドにとっては、旅の終点でもあります。その日は、朝から冷たい雨が土砂降りでしたが、みな、ずぶ濡れになりながらも、21キロの道のりを歩きました。

私たちが歩いている、ほんの少し北の地方では、100年に一度の大雪が降って、道路も凍結し、何万戸という家が停電、また、家が崩壊して人が亡くなったり、転電の修復をしていた職員が亡くなったり、旧正月で実家に帰る人たちが何百万人と各地で足止めを食らったりと、大惨事が起きていました。でも、幸いなことに、私たちは大雨に降られる程度で済んでいました。

とはいえ、何時間も歩くと次第に雨がレインギアの下に染みてきて、足もずぶ濡れ、手もかじかんで、寒さで凍えそうになります。食堂が見つからなかったので、皆、空腹のままだったので、何度か、雨宿りができる場所を見つけては休憩し、小さなお店で火鉢の火に当たらせてもらったりして、歩き続けました。

目的地まで、あと5キロというところで、福州から応援に来てくれたジーン先生の車に出会い、牛乳やお菓子やパンなどの差し入れをもらいました。ああ、そのパンの美味しかったこと!「もう、あと少しだから。ホテルもたくさんあるから、頑張ってね」というジーン先生の言葉に励まされました。

武夷山の入り口、武夷宮という街に近づくと、世界遺産となった素晴らしい渓谷が見えてきました。曲がりくねる川のあちこちに、いくつもの大きな岩山が天に向かって反り立ち、雨に煙っている様子は、まるで仙人が住んでいるかのように幻想的でした。

みな、無事に笑顔で武夷宮に到着し、ほっと一息。ホテルに直行して、熱いお風呂に入り、凍えた身体を解凍させて、夜のディナーへ向かいました。武夷山市の広報局長さんが歓迎ディナーにご招待してくださったのです。そして、「明日は、世界遺産に木を植えましょう!」と言ってくださったのでした。

これは、全く予想していなかったことなので、私たちもみな驚きました。ポールも私も、武夷山には、もう、到着できただけで満足だと思っていたのです。9月22日に香港を出てから、約4ヶ月、1360キロ歩きました。その4ヶ月に起こったことを、いろいろと思い出し、ポールと二人きりで歩いている時に、

「歩き続けていれば、必ず何かが起こる。助けれくれる人が出てくる。だから、大丈夫」

「今まで、いつもそうだった。長い距離を歩いて初めて、人は僕達が真剣なんだということを理解してくれるようになるんだ」

「『これから、どこへ行くのか』ではなく、『今まで、どこを歩いてきたのか』と聞かれるようになったら、その時から、何かが起こり始めるんだ」

と、ポールが言い続けていたことも思い出しました。

本当にポールが言った通りでした。年末から参加してくれた祐次くん、年明けから参加してくれた楊さん、フューチャー(江来)、リチャード(余江)、ジョイ(楊琴)、デビッド(江鵬)、福州で新聞社やテレビの取材を取り付けてくれたグレースや、この2週間、何かと助けてくれた福州師範大学のジーン先生たちのおかげで、こうして世界遺産の地に木を植えられたことを、本当にありがたく思いました。

今日、雨に濡れながら歩いた私たちのビデオの日本語版を作りました。ぜひ、見てくださいね。

地球を緑化し、世界をより良い場所にしよう!!
「ずぶ濡れのヒーローたち」




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http://www.earthwalker.com/index_jp.htm
木を植える男の旅の記録
http://www.kadokawa.co.jp/book/bk_detail.php?pcd=200501000158
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by lifewithmc | 2008-02-11 00:55 | 中国・徒歩の旅