エッセイスト菊池木乃実のブログです。環境活動家の夫、ポール・コールマンと共に南米チリのパタゴニア地方に在住。ホリスティックで持続可能なライフスタイル実践中


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え? メキシコに住むの!?

ひょんなことからメキシコに住むことになった。1年前、イギリス人の彼と結婚し、彼の家族に会うために今年の8月、イギリスを訪ねた。そのとき、「2週間ぐらい歩こう」とバックパックを背負い、教会や納屋を見つけて野宿をしながら、「サウス・ダウンズ・ウェイ」というフットパスを歩いたのだけれど、どこを歩いているときだったか、突然、「半年ぐらい、どこか一ヶ所に住みたいなあ」と彼が言い出したのだった。

というのも、結婚してから1年間、一ヶ所に住んだのは最長1ヶ月。それ以外は、ずっと旅をしていた。彼(ポール・コールマン)の仕事は地球のために働くこと。彼は18年前にアイスランドの壮大な大自然に心を打たれ、「これからは地球のためだけに働く」と決心し、以来、バックパックを背負い、テントを持たず、野宿をしながら地球を歩き、木を植え、出会ったすべての人々に「地球の環境を守るために行動しよう」というメッセージを伝えてきた。1年半前、OLをやめてぶらぶらしていたとき、偶然、友人に誘われて彼の講演会に出かけた私は、彼の人生に感銘を受け、いくつもの偶然が重なって(今、思えばそれは全て必然だったんだろうけれど)、彼の人生を本に書いて出版することになり、彼と結婚し、バックパックを背負い、野宿をしながら、中国、韓国、日本を歩き、旅を続けてきた。

「メキシコに家を借りることにした」と聞いたときには少し驚いたけれども、たいていの人にとってはかなり突飛に思える彼の行動も、結婚して24時間365日一緒にいるうちに、「全ては彼の直感と経験と必然と宇宙の法則に従って起きている」とわかるようになった。だから、私の答えは、「OK」だった。なかには、「勇気があるね、すごいね」と言う人があるけれども、結婚して約4ヵ月後、マイナス15度の極寒の中国で、重たいバックパックを背負いながら、いつ終わるとも知れぬ、凍りついた山道を登り続けているときに、彼の後ろ姿を見て、「ああ、私は彼の船に乗ったんだ。私の船はもうないんだ。彼が船長で、私は乗組員なんだ」と突然、妙に納得したときから、「私は彼の船に乗り続ける」と堅く決心したのだった。

それほど、彼の船は大きく、魅力的だった。そして、私自身のエゴを捨てなければ、とても一緒に行けない旅でもあった。16年前に歩き始めた時、彼は一ヶ月分のお金しか持っていなかった。自分の貯金はすべてアマゾンの森を守るために使ってしまった。だから、歩き始めて1ヶ月たち、無一文になってからは、時には飢えながら、時には人々に助けられ、一歩一歩、歩いていくしかなかった。2年後、無事に第一回地球環境サミットの会場、リオ・デ・ジャネイロにたどり着き、大観衆の前で熱帯雨林を守ろうと講演をし、新聞やテレビで報道されて有名になったときにはすでに、彼のエゴは消え去っていた。たとえば、自分の名声のため、自分の利益のためだけだったなら、飢えながら歩くことはできなかっただろう。たとえば、ちらりとでも彼のエゴが見え隠れしたなら、人々が彼を助けることはなかっただろう。私がエゴを持ち続けていたら、彼と一緒に歩くことはできない。私は苦しみ続けただろうし、もし、私が自分の小さな船に乗り続けて、舵を取り続けることに執着したら、じきに私は置いていかれてしまっただろう。

メキシコは、16年前に彼がカナダからブラジルまで歩いたときに大歓迎を受けた国で、初めて木を植えた国でもあった。そして、食べ物や泊まる場所や木を植える場所、警察のエスコートなどを手配してくれ、彼を心から応援し、助けてくれた「メキシコの人々の温かい心」が、彼が今でも歩きながら人々と触れ合い、旅をし続けている理由でもある。今回、夫が「自然に囲まれていて、どこからも遠く離れていて、広いスペースがあって、精神的に落ち着いて創作活動ができる場所」という条件で、インターネットで世界中を探し、たどり着いた場所が、メキシコのオアハカ市(Oaxaca)だったのも不思議な縁だった。

オアハカは15年前に彼が歩き、大歓迎を受け、何本も木を植えた場所。いい思い出のたくさんある場所。心の温かい人々が住んでいる場所。「メキシコの人たちの笑顔が忘れられない。彼らの満面の笑みを見たら、誰でもハッピーになるよ」とポールは言う。

彼がインターネットで見つけた広告には、「26エーカー(約11ヘクタール)の土地にアボガド、ザクロ、ライムなどの果樹あり。広いキッチン、ダイニング・リビングルーム、巨大なベッドルーム」とあり、オーナーの女性が送ってくれた写真には、トロピカルな花が咲き乱れる庭と濃い緑の山に囲まれた敷地、サーモンピンクの壁に囲まれた巨大なメキシコスタイルのリビングルームが写っていた。

「26エーカーの土地にアボガドの木だって!巨大なベッドルームだって!ここに住もう!」

早速、ポールがオーナーの女性にメールを出すと、「私たちの素敵な家を借りてくれてありがとう。とにかく美しく自然が豊かな場所なので、木を愛する人に住んでもらえるのは、とても嬉しいです」という返事が返って来た。その後、一度イギリスから電話をし、数回メールのやりとりをしただけで、いつものように彼の直感を100%信じた私たちは(どんな時でも、何かを決断するときには、彼の直感ほど頼りになるものは、他になかった)、運を天に任せ、宇宙の導きにすべてを委ね、イギリスからメキシコへやって来たのだった。

イギリスのマンチェスターから飛行機で10時間。2006年9月20日、私たちは、メキシコのカンクン(Cancun)に到着した。カンクンを選んだのは、イギリスの旅の最後がマンチェスターで、たまたま、そこからカンクンへ直行便が飛んでいて、チケットが格安で取れたからだった。ところが、メキシコは広い。なんと、カンクンから目的地のオハカまで2000キロぐらいあるという。そこで、私たちは、10日間をかけてカンクンからオアハカまで旅をすることにし、カンクン、バヤドリド(Valladolid)、チチニツァ(Chichen Itza)のマヤ遺跡、メリダ(Merida)などを訪ね、彼が15年前に歩いてたくさんの人々と木を植えたサン・クリストバル・デ・ラス・カサス(San Cristobal De Las Casas)、ツツラ(Tuxtle)などを訪ねて、10月1日、オハカに到着したのだった。


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by lifewithmc | 2007-02-17 05:31 | メキシコ・山の暮らし